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あの頂を越えて

神社参拝

~神社を訪ねて~

あの頂を越えて

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~神社参拝:神社を訪ねて~

 武蔵御嶽神社

 寺社の種類:式内社、府社
 創建の時期:崇神天皇7年(紀元前91年)と伝えられる
 社殿の様式:一間社神明造
 所在地:東京都青梅市御岳山176
 訪問日:2007年12月15日、2017年7月11日

 

御嶽神社は奥多摩の御岳山の山頂に鎮座する神社です。山岳信仰の霊場として武蔵、相模の信仰を集めたところです。

 2007年12月15日訪問

またここにも日本武尊の東征の伝説が残っています。拝殿前の恐ろしげな顔の狛犬は道に迷った日本武尊が山中で出会った白狼の話を伝えるものでしょう。

古くから武将などの崇拝受けたことから、宝物殿には畠山重忠が奉納したと言う、国宝赤糸威大鎧(あかいとおどしのおおよろい)や鎧、太刀などが収められています。

石段の上に御岳神社の拝殿
社務所の先に日ノ出山
宝物殿
恐ろしげな顔の狛犬
恐ろしげな顔の狛犬
朱塗りの拝殿

 

 2017年7月11日訪問

御岳山の拝殿の奥には本殿、その奥には奥宮遥拝所や旧本殿の常盤堅盤神社、狼をまつる大口真神社などがあります。またこの傍には御岳山の山頂を示す石柱もありました。

本殿の奥に常盤堅盤神社
御嶽神社旧本殿の案内板
本殿の奥にたくさんの石碑
神明社
旧本殿の常盤堅盤神社
彫刻が施された常盤堅盤神社
狼を祀る大口真神社
御岳山山頂の石柱
大口真神社
奥宮遥拝所
奥の院と鍋割山
巨福社
北野社
皇御孫命社
東照社
神山霊土歌碑
八神社などの摂社
摂社の案内
二柱社
御嶽蔵王権現の柱

 

その他のコース・山行記録

 大国主命(おおくにぬしのみこと)大己貴命・大穴牟遅神(おおなむちのみこと)

出雲神話の神。素戔嗚尊(すさのおのみこと)の子または孫です。少彦名神(すくなびこなのかみ)とともに、中つ国の経営を行っましたが、天照大神(あまてらすおおみかみ)の使者が来ると国土を献上してみずからは隠退しました。

大黒天と同一視されるようにもなりました。因幡(いなば)の白兎の神話は唱歌にも歌われています。

 

 少彦名命(すくなびこなのみこと)

古事記では神産巣日(かんむすひ)神の、日本書紀では高皇産霊(たかみむすひ)尊の子です。大国主神の国土経営に協力したが伯耆国淡島で粟茎(あわがら)に弾かれて常世(とこよ)国に行ったとされています。

 

 安閑天皇(あんかんてんのう)・広国押武金日尊(ひろくにおしたけかなひのみこと)

第27代天皇(在位:531年2月7日~535年12月17日)継体天皇の皇子。都は大和の勾金橋(まがりのかなはしの)宮。全国各地に屯倉をおき、県犬養連(あがたのいぬかいのむらじ)らにその税を司らせた。

 

 日本武尊・倭建命(やまとたけるのみこと)

日本の古代史における伝承上の英雄。景行天皇の皇子です。気性が激しいため天皇に敬遠され、九州の熊襲(くまそ)や東国の蝦夷(えぞ)の討伐に遣わされたといわれています。風土記なども含めてさまざまな伝説が残っています。

 

 真神(まかみ)、大口真神(おおくちのまがみ、おおぐちまかみ)

日本に生息していた狼が神格化したもの。

 

 明神造(みょうじんづくり)

伊勢の神宮を代表としてみられる様式で、切妻造の屋根の棟と平行の側に入口がある平入(ひらいり)という形になっています。

 

 日本武尊・倭建命(やまとたけるのみこと)

日本の古代史における伝承上の英雄。景行天皇の皇子です。気性が激しいため天皇に敬遠され、九州の熊襲(くまそ)や東国の蝦夷(えぞ)の討伐に遣わされたといわれています。風土記なども含めてさまざまな伝説が残っています。

 

 畠山重忠(はたけやま しげただ)

1164~1205年、鎌倉初期の武将。源頼朝に従い、有力御家人の一人となる。のち北条氏と対立、北条義時の大軍を武蔵二俣川に迎え撃って戦死した。

 

 素戔嗚尊・須佐之男命(すさのうのみこと)

日本神話に登場する神で出雲神話の祖神とされています。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)の子で天照大神の弟とされています。

高天ヶ原で多くの乱暴を行ったことで天照大神が怒り天の岩戸にこもり、高天ヶ原から追放されました。出雲に下り八岐大蛇を退治し奇稲田姫命(くしなだひめ)を救ったとされています。

 

 天照大神、天照大御神(あまてらすおおかみ)大日女尊(おおひるめのみこと)・大日霊貴神(おおひるめのむちのかみ)

日本神話で高天原(たかまがはら)の主神。伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の娘。太陽神であり皇室の祖神として伊勢神宮の内宮に祭られています。

素戔嗚尊(すさのおのみこと)の乱暴に天の岩戸にこもり国中が暗闇になったという岩戸神話や孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を葦原中国に降臨させた天孫降臨の神話が知られています。

 

 大国主命(おおくにぬしのみこと)大己貴命・大穴牟遅神(おおなむちのみこと)

出雲神話の神。素戔嗚尊(すさのおのみこと)の子または孫です。少彦名神(すくなびこなのかみ)とともに、中つ国の経営を行っましたが、天照大神(あまてらすおおみかみ)の使者が来ると国土を献上してみずからは隠退しました。

大黒天と同一視されるようにもなりました。因幡(いなば)の白兎の神話は唱歌にも歌われています。

 

 継体天皇(けいたいてんのう)・男大迹尊(おおどのみこと)

第26代天皇(在位:507年2月4日~531年2月7日)武烈天皇没後嗣子がなく、大伴金村・物部麁鹿火(あらかび)らに越前から迎えられて河内で即位したと伝えられる。 このころ朝鮮半島における日本の勢力は衰え、筑紫では磐井(いわい)の乱が起こった。

 

 景行天皇(けいこうてんのう)、大足彦忍代別尊(おおたらしひこおしろわけのみこと)

第12代天皇(在位:71年7月11日~130年11月7日 )垂仁天皇の第三皇子。都は大和の纏向日代宮(まきむくのひしろのみや)。熊襲くまそを征討し、皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと)を派遣して蝦夷を平定したという。

 

 景行天皇(けいこうてんのう)、大足彦忍代別尊(おおたらしひこおしろわけのみこと)

第12代天皇(在位:71年7月11日~130年11月7日 )垂仁天皇の第三皇子。都は大和の纏向日代宮(まきむくのひしろのみや)。熊襲くまそを征討し、皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと)を派遣して蝦夷を平定したという。

 

 源頼朝(みなもとよりとも)

1147~1199年 鎌倉幕府初代将軍。義朝の三男。平治の乱のち伊豆蛭ヶ小島に配流される。1180年以仁王もちひとおうの平氏追討の令旨に応じ挙兵。石橋山の戦いに敗れ安房に逃げたが東国武士の来援を得て関東を制し鎌倉にはいって根拠地とした。平維盛の追討軍を富士川に破り弟の範頼・義経を西上させ、85年壇ノ浦で平氏を討滅し全国を平定。全国に守護・地頭を設置、武家政治の基礎を確立。

 

TAG:2017年7月11日 御岳山から大岳山,2007年12月15日 御岳山,御嶽神社
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