topimg

あの頂を越えて

山行記録

~山頂からの展望、出会った花などの記録~

あの頂を越えて

homeBtn backBtn

~山行記録:山頂の展望、出会った花~

 関東ふれあいの道・神奈川.17 北条武田合戦のみち 


標高
坂尻~経ヶ岳633.1m~半僧坊~三増合戦の碑~志田峠309m~韮尾根
山域
丹沢
登山日
2020年2月11日(火)、晴れ
歩行時間
行動時間 6:45、歩行時間 5:20
歩行距離
18.1km
標高差
470m
累積標高差
+1000m、-1025m
登山口
坂尻バス停mapon
交通機関
 往路:神奈中バス・坂尻バス停、 復路:神奈中バス・半原バス停
登山コース
坂尻バス停~半原越え~経ヶ岳~田代半僧坊~三増合戦の碑~志田峠~朝日寺~韮尾根~半原バス停
コース定数:25.6
コースmap
北条武田合戦のみち
北条武田合戦のみち

 

 Panorama


経ヶ岳から雑木林を下るとベンチが置かれた展望地、相模原の街並みの先に都心のビル群が見えています。横浜のランドマーク、渋谷や新宿の高層ビル群などを見付けることができます。

 山名表示をチェックするとパノラマ写真に山名を表示します。


山名表示 ※クリックすると山名を表示・非表示します。
展望地から眺める都心の景色

ビル群の中にはスカイツリーの尖塔も見え隠れしていました。ここからスカイツリーまでは直線距離で52.5km、気温が低いこともありかなり遠くまで見えているようでした。

 

 コースタイム


坂尻バス停8:30~リッチランド8:55~半原越え9:35/45~経ヶ岳10:10/20~315m付近11:00/15~田代半僧坊11:50/55~三増分岐12:35~三増合戦の碑13:00/15~志田峠13:55/14:00~朝日寺14:05/20~韮尾根14:40/50~半原バス停15:15

 

 坂尻バス停~半原越え~経ヶ岳~田代半僧坊


神奈川の関東ふれあいのみち17コースの最後は北条武田合戦の道です。坂尻から経ヶ岳を超え韮尾根へと続くコースは歩程17km、韮尾根からのバスは本数が少ないため半原まで歩くと18kmほどになる長いコースです。

丹沢東辺のみちの登山口にもなっていた坂尻のバス停からは半原越えを目指すことにします。明るい日を浴びる林道歩きですが気温はかなり低くなっています。道端の草木が冬の眠りから目覚めるにはまだしばらく時間がかかるでしょう。

関東ふれあいの道の案内図
関東ふれあいの道の案内図
リッチランドの入り口
林道には斜面の崩壊個所

リッチランドから車両通行止めとなっている林道を登って行きます。台風の被害なのか斜面が崩壊しているところもありました。

たどり着いた半原越えからは暗い杉林の登りです。休日と言うこともあり半僧坊側から経ヶ岳を経て仏果山へと縦走する人が下ってきます。

山頂直下は固定ロープと階段が続く急坂です。喘ぎながら登った稜線には大きな経石、弘法大師が経文を収めたとされるところです。

半原越えから経ヶ岳へ
山頂直下は固定ロープと階段
大きな岩は経石
経ヶ岳の山頂
山頂から眺める丹沢の山々(onmousで山名表示します)

広く開けた山頂からは雪が残る蛭ヶ岳、大山三峰山の稜線の先には電波塔を頭に乗せた大山の頂がそびえていました。

山頂からは半僧坊方面に下ることにします。華厳岳、荻野高取山への道を右に分け雑木林の尾根道を下って行きます。半僧坊方面からは思いのほか多くのグループが山頂を目指していました。

丹沢の三角点
華厳山への道を右に分け
登山道には案内板が整備されています
木立の先から相模原の街並み

林道を横切ると照葉樹の雑木林です。大きな桜の木の下のベンチからは都心の展望が開けます。明るい空に溶け込むようにスカイツリーの尖塔も見えていました。

林道から半僧坊への道へ
展望が開けるところにベンチが
台風で崩壊したところもあります
沢沿いの道を下って行きます

途中台風の被害か、登山道が崩壊しているところもありましたが堰堤を超えると経ヶ岳ハイキングコースの入り口です。たくさんの車が走る国道に沿って僅かに下ると半僧坊にたどり着きました。

現地の案内板によると半僧坊は曹洞宗の満珠山勝楽寺、遠州奥山方廣寺より勧請した半僧坊大権現が祭られていることから半僧坊と呼ばれています。鎌倉建長寺の半僧坊もまた方広寺から勧請したものと言います。

経ヶ岳ハイキングコースの入り口
半僧坊に大きな案内板
半僧坊の案内板
禅宗寺院の大きな山門
半僧坊の本堂
アンダーパスをくぐる半僧坊の参道

参道の石段を登ると不許葷酒入山門の石柱、大きな禅寺の山門には仁王像が安置されています。葵の紋が施された中門の先には本堂、赤い奉納旗がたなびく石段の上には半僧坊大権現が祭られた権現堂がありました。境内には十六羅漢堂や十王堂などなど、なかなか見ごたえのあるお寺です。

十王堂は冥途で亡者の罪を裁く十人の判官を祀るものです。十王信仰は恵心僧都源信により記された往生要集により11世紀以降に全国に広まりました。生前の罪を裁く十王は秦広王(しんこうおう)、初江王(しょこうおう)、宋帝王(そうていおう)、五官王(ごかんおう)、変成王(へんじょうおう)、泰山王(たいざんおう)、平等王(びょうどうおう)、都市王(としおう)、五道転輪王(ごどうてんりんおう)、その中心にいるのが閻魔大王(閻魔大王)と言います。

 

 田代半僧坊~三増合戦の碑(みませかっせんのひ)~志田峠~清正光寺~韮尾根~半原バス停


半僧坊からは三増合戦の碑に向かいます。角田大橋で中津川を渡ります。広い河原ではテントを広げる家族連れの車が数台、最近はインディアンテントが流行しているようで、河原にはカラフルな三角推型のテントが目立っています。

ふれあいの道は春の色を濃くし始めた愛川の集落の中の散歩道と言ったところです。途中目立たない道標を見落とし500m近く道間違いしてしまいました。ジグザグに暗い舗装道路を登って行くと明るい畑が広がる丘陵の道になります。

道端には庚申塚や石仏
中津川の河原ではテントを張る家族連れ
道端に弁天社
戸倉の集落は春の色

明るい光を浴びながら緩やかに登って行くと三増合戦の碑にたどり着きました。三増峠戦いは永禄12年(1569年)、武田信玄が北条氏康と対峙した戦いです。

小田原城を包囲した武田方は城下に火を放ったのち軍勢を引き上げました。甲斐に帰国しようとする武田方を相手に当初は北条方が有利でしたが、武田方の山県昌景が指揮する精鋭が北条方の背後を突いたことにより北条方は総崩れとなったと現地の案内板に紹介されていました。

目立たない道標を見落として
集落からは山道に入ります
明るい道を登って行くと
三増合戦の碑
合戦の陣立説明図
周辺の案内板

明るい畑の中の道は武田信玄が旗を立てたとされる旗立て松へ。この周辺には牧場などもあるようでふん害反対、埋め立て工事が行われているところもあるようで残土埋め立て反対などの看板がありました。

武田信玄が陣を張ったと言う旗立て松
残土埋め立て反対の看板も
展望が広がる志田峠
志田峠の道標

なだらかな丘陵の道は志田峠へと登って行きます。あまり急ではないものの疲れ始めた足にはかなりきつい登りでした。たどり着いた志田峠からは視界が開けています。山肌は土木工事が行われているようで柵の中には大きな重機が止まっていました。

峠から緩やかに下って行くと朝日寺です。現地の案内板によると宗派に属さない単立のお寺で清正光大菩薩を祀るお寺、清正光は天の三光(太陽、月、星)を神格したものと言います。

暗い杉林の中の急な石段を登って行くと社務所、さらに石段を登って行くと本堂や鐘楼などがありました。さらに石段を登って行くと尾根道があるようで、地図にはここから半原方面に下る道もあるようです。

朝日寺の道標
杉林の中に長い石段
境内には古びた堂宇が並び
韮尾根バス停の道標

舗装道路を緩やかに下って行きます。道標に従い韮尾根バス停への道を進むと赤い衣を着たお地蔵さんが2体、ここは山里から津久井湖へのみちで歩いたところです。

雨乞山への道を右に分け
韮尾根バス停のふれあいの道の案内版
愛川に架かる橋を渡り
半原のバス停

韮尾根の登山口から道を左に折れ半原へと下って行きます。水色の鉄橋を超えると半原のバス停、厚木バスセンター行きのバスはタッチの差で出た行ったあとでした。

 

 コース GPSmap


緯度: 経度:
 クリックするとGPSLogをダウンロードします。

 

 その他のコース・山行記録


TAG:ふれあいの道・神奈川
 山行記の訪問者数 今月:31件 累計:675件
 Back