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あの頂を越えて

神社参拝

~神社を訪ねて~

あの頂を越えて

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~神社参拝:神社を訪ねて~

 海南神社

 寺社の種類:郷社
 創建の時期:天元5年(982年)
 主祭神:藤原資盈、盈渡姫、筌龍弁財天(三浦七福神)、地主大神
 札所:三浦七福神
 本殿の形式:神明造
 所在地:神奈川県三浦市三崎4丁目12
 訪問日:2020年8月24日

 

藤原資盈は清和天皇の後継者争いで讒訴され、864年(貞観6年)筑紫国へ赴く途中に暴風に遭遇し三浦半島に漂着しました。

参道の先に石鳥居
境内に社務所
神橋の先に拝殿
銀杏の神木

その後、土地の長に推戴され房総の海賊を平定するなどして地元民から尊崇されました。866年(貞観8年)に資盈が没すると、地元民は祠を建てて祀り982年(天元5年)には社殿が建立され、三浦郡の総社となりました。

境内に疱瘡神社
摂社の御霊神社
大きな神楽殿
神楽殿に絵馬
神楽殿に絵馬
龍神社
福徳稲荷神社
境内の案内板

三浦為継は社領を寄進し社頭を改築しのちに三浦家の祈願所としました。三浦大介義明は参拝の折、神事狐合(白と赤の狐が闘い、白狐が勝った)で源平の争覇を占い、源頼朝側に荷担したと伝えられています。境内には頼朝公手植えと伝えられる公孫樹(樹齢約八百年)が神木として保存されています。

神馬舎
筌籠弁財天の案内板
朱塗りの拝殿
海南神社の神額
金毘羅宮の鳥居
石段の上に金毘羅宮の祠
海南高家神社大絵馬
海南高家神社の石鳥居
海南高家神社の社
高家神社の内部

社殿傍に祀れた大きな社は海南高家神社。景行天皇日本武尊、東征の跡を偲んで、三浦半島から安房上総に巡行された時、天皇の料理賄方を司った磐鹿六雁命を祀っています。料理の祖神として知られる神様です。

関連記録・コース

 三浦七福神

三浦市内に点在する五つの寺院と二つの神社を順拝する全長26Kmの七福神めぐりです。昭和40年(1965)に三浦市観光課と共同で創立されました。

1番福禄寿・妙音寺、2番恵比寿・円福寺、3番毘沙門天・慈雲寺、4番弁財天・海南神社、5番布袋尊・見桃寺、6寿老人・白髭神社、7番大黒天・延寿寺

 

 清和天皇(せいわてんのう)

第56代天皇(在位:858年11月7日~876年11月29日)文徳天皇第四皇子。八歳で即位。外祖父藤原良房が初めて人臣摂政となった。

 

 景行天皇(けいこうてんのう)、大足彦忍代別尊(おおたらしひこおしろわけのみこと)

第12代天皇(在位:71年7月11日~130年11月7日 )垂仁天皇の第三皇子。都は大和の纏向日代宮(まきむくのひしろのみや)。熊襲くまそを征討し、皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと)を派遣して蝦夷を平定したという。

 

 日本武尊・倭建命(やまとたけるのみこと)

日本の古代史における伝承上の英雄。景行天皇の皇子です。気性が激しいため天皇に敬遠され、九州の熊襲(くまそ)や東国の蝦夷(えぞ)の討伐に遣わされたといわれています。風土記なども含めてさまざまな伝説が残っています。

 

 崇神天皇(すいじんてんのう)・御間城入彦五十瓊殖(みまきいりひこいにえ)・御肇国天皇(はつくにしらすすめらみこと)

第10代の天皇(在位:前97年1月13日~前30年12月5日)開化天皇の皇子。記紀によれば四道(しどう)将軍を派遣して大和朝廷の領域を広げ国家の財政制度を確立したという。実在が確かな最初の天皇とされされ以前の天皇を欠史八代と言う。

 

 日本武尊・倭建命(やまとたけるのみこと)

日本の古代史における伝承上の英雄。景行天皇の皇子です。気性が激しいため天皇に敬遠され、九州の熊襲(くまそ)や東国の蝦夷(えぞ)の討伐に遣わされたといわれています。風土記なども含めてさまざまな伝説が残っています。

 

 景行天皇(けいこうてんのう)、大足彦忍代別尊(おおたらしひこおしろわけのみこと)

第12代天皇(在位:71年7月11日~130年11月7日 )垂仁天皇の第三皇子。都は大和の纏向日代宮(まきむくのひしろのみや)。熊襲くまそを征討し、皇子の日本武尊(やまとたけるのみこと)を派遣して蝦夷を平定したという。

 

TAG:三浦七福神
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