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あの頂を越えて

道祖神と庚申塚・石碑・石仏

~古い石碑や石仏~

あの頂を越えて

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~道祖神と石碑・石仏~

 神奈川・鎌倉周辺の庚申塚や石碑・石仏 


※ アイコンをクリックすると標石にリンクします。

鎌倉は古いお寺や神社が多くあるところです。街角やお寺、神社の境内には多くの道祖神や石碑、石仏などを見ることができます。

 

 打越の石碑 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

国道134号線沿いに道祖神や第六天の石碑があります。志賀岐船御用船十六人乗仏と刻まれた石碑もありましたが案内板もなく不明です。文字から推測するとこの沖で沈んだ御用船の供養塔なのでしょうか。

 

 

 小動の道祖神 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

小動の交差点にある道祖神。石面が崩れた古い道祖神も祀られています。

小動の道祖神

 

 稲村ケ崎古戦場の石碑 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

元弘3年(1333年)新田義貞の鎌倉幕府攻めにおいては巨福呂坂、極楽寺坂、化粧坂の三方から攻撃を開始しました。しかし丘陵に囲まれた鎌倉の守りは固く混戦が続きました。太平記では新田義貞が潮が引くのを念じて海に剣を投じると潮が引いたので岬の南から鎌倉に攻め入ったと記されています。

稲村ケ崎の石碑
明治天皇の歌碑
稲村ケ崎公園
ここを渡渉したと言いますが

鎌倉市外に侵入した新田勢は家々に火を放ち鎌倉市内は火災の煙で覆われました。北条高時ら北条一門は最期であることを悟り、菩提寺である葛西ヶ谷の東勝寺で自害し滅亡したと言います。

 

 逗子開成中学校ボート部遭難慰霊碑 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

稲村ケ崎公園に逗子開成中学校ボート部遭難慰霊碑があります。1910年1月23日、七里ガ浜沖で生徒ら12人が遭難し、全員死亡する事故が発生しました。その遺体の中には中学生の兄が小学生の弟をしっかりと抱きかかえた姿もあったと言います。

ボート部遭難慰霊碑

真白き富士の嶺(七里ヶ浜の哀歌)は逗子開成中学の系列校、鎌倉女学校の三角錫子教諭による作詞で少年達の合同葬儀で鎌倉女学校の生徒によって合唱されたと言います。

 

 魚籃観音の石碑 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

滑川の広場に魚籃観音の石碑があります。魚籃観音は三十三観音のひとつ、手に魚を入れたかごを持っている像と、大魚に乗っている像とがあります。羅刹らせつや毒竜・悪鬼の害を除く巧徳があると言います。

魚籃観音の石碑

 

 さくら貝の歌碑 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

滑川の広場にさくら貝の歌碑があります。昭和14年(1939年)作詞:土屋花情、作曲:八洲秀章、1949年にNHKのラジオ歌謡で放送され人気を博しました。

さくら貝の歌碑

 

 畠山重保の宝篋印塔 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

若宮大路の歩道脇に畠山重保の供養塔があります。鎌倉時代初期の武将で幕府創設に関わった畠山重忠の子です。元久元年、京都守護の平賀朝雅と酒宴の席で口論。これを口実に時政ら北条軍に攻められ、翌2年6月22日鎌倉由比ケ浜で殺されました。

畠山重保の宝篋印塔
畠山重保の宝篋印塔
畠山重保の五輪塔
宝篋印塔の案内板
畠山重保邸址の碑

 

 円覚寺の石塔 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

円覚寺の参道入り口に見慣れない形の古い石塔があります。五輪塔や宝篋印塔、多宝塔でもないようです。4層の層塔なのかも知れませんが何れ古い石塔です。

古い石塔

 

 五所神社の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

境内にはたくさんの庚申塚があります。鎌倉市の指定文化財や有形民俗文化財になっているものもあります。

鎌倉市指定有形文化財 板碑
板碑
不動種子板碑の案内
鳥居の先に石上稲荷
境内に庚申塚
庚申塚と摩利支天

国の重要美術品に指定されている板碑は弘長2年(1262年)の銘があるもので不動明王の種子「カン」の梵字が刻まれたものと言います。

三面六臂の摩利支天
庚申供養塔
駒状、板状の庚申塔
唐風付笠頭塔婆庚申塔
青面金剛の庚申塔
青面金剛の庚申塔

たくさんの庚申塚には板状、駒状、唐風付笠頭塔婆庚申塔など色々の種類のものがあります。よくある青面金剛のほか阿弥陀如来が刻まれた庚申塔もありました。

境内の石碑と祠
石碑
祠の内部
境内の庚申塔
馬頭観音、猿田彦大神
庚申供養塔

 

 鎌倉市材木座の馬頭観音 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

来迎寺近くの道端に馬頭観音の石碑と小さな祠があります。

道端に馬頭観音
小さな祠

 

 金子サト記念碑 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

横須賀線の踏切の傍にある供養塔です。ここで事故死した金子サトさんの供養と事故が起きないことを願って建立したものと言います。

踏切に観音像

 

 二階堂の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

もみじ谷の道端に道祖神が祀られていました。傍には荏柄天神御旅所の標識は立っていました。

道端に庚申塚

 

 鎌倉大町・大黒天堂 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

安国論寺に近くに小さな石祠が祀られています。大黒天が祀られた大国堂と言われ、付近には古い石仏や庚申塚なども祀られていました。

道端に大国堂
北斗尊星、猿田彦、天細女命の石仏
古い石仏
大黒天の祠

境内には北斗尊星と刻まれた石仏がありました。庚申信仰では三戸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げとされています。

中国道教では天帝を北斗と同一視することもあり、江戸時代には北斗の本地とする比叡山の山王信仰と結びついたと言います。庚申信仰は色々と変化しながら庶民の中に広がって行ったことが窺えるものです。

 

 お塔が窪やぐら mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

北条高時を祀ると伝えられるやぐらは3つの岩窟からなり、中央の岩窟には風化した五輪塔が祀られています。

お塔が窪やぐら
やぐらの中に五輪塔

付近は一般のハイキングコースから離れたところで訪れる人はあまりいません。

 

 奥津城やぐら mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

瑞泉寺へと下って行くハイキングコースの途中にあるやぐら群です。中には五輪塔が祀られているものもあります。

奥津城やぐら
奥津城やぐら
奥津城やぐら
奥津城やぐら
奥津城やぐら
奥津城やぐら

 

 朱垂木やぐら mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

鎌倉アルプスの覚園寺道の道標から西御門へと下って行く道の途中にあるやぐらです。天井に紅殻で筋が描かれていたと言いますが判りません。

朱垂木やぐら
朱垂木やぐら

登山道わきには複数のやぐらが残っていました。

 

 赤石橋近くの石仏 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

金坂街道の赤石橋近くに五輪塔や古い石仏が祀られていました。無縫塔もあることから廃寺の跡なのかもしれません。

草に埋もれた五輪塔
古い石仏や石塔

 

 明王院の石塔 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

明王院の境内に四重の石塔と四角柱の庚申塚があります。頂猿角柱型と言われる珍しい庚申塔です。

庚申塔と四重の石塔

 

 荏柄天神社の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

赤い鳥居が建つ荏柄天神社の参道に庚申塚がありました。

荏柄天神社の大きな鳥居
庚申塚
庚申塚
庚申塚

 

 金沢街道のお地蔵さん mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

金沢街道に面したお坊橋近くに赤い涎掛けを掛けたお地蔵さんが祀られています。

お坊橋にお地蔵さん

 

 朝夷奈切り通しの道造供養塔 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

朝比奈切り通し近くに道造供養塔が建っていました。切り通しの工事に携わった人々の供養塔なのでしょうか。擦れた石面からは年代は判りません。

朝夷奈切り通しに道造供養塔

 

 朝夷奈切り通しの磨崖仏 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

朝比奈切り通しは鎌倉を取り巻く七つの切通の一つです。切り立った岩壁に磨崖仏が刻まれていました。

朝夷奈切り通しに磨崖仏
朝比奈切り通し

 

 天園ハイキングコースの百八やぐら mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

天園コースから覚園寺へと下るハイキングコースに百八やぐらがあります。中世につくられた鎌倉独特の横穴式の墓地で比較的身分の高い僧侶や武士が埋葬されたと言います。

やぐらに祀られた石仏
首が落ちた石仏
五輪塔
やぐらに石仏
首が落ちた石仏
首が落ちた石仏

柔らかい鎌倉石の岩壁に掘られた石窟の中に石仏や五輪塔が祀られていました。長い年月の風化のためか石仏の首は落ちていました。

第九二と読める
やぐらに石仏
石仏と五輪塔
やぐらに石仏
五輪塔
たくさんの石仏

 

 玉縄首塚(大船六地蔵) mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

大永6年(1526年)安房の里見実堯が鎌倉に乱入しました。玉縄城主北条氏時は甘粕氏と福原氏の一族と共に数度の合戦で里見軍勢を追い払いました。

六地蔵
首塚の石碑と供養塔
馬頭観音
お地蔵さんと古い石塔

戦いにより甘粕氏など多くの武士が戦死しこれを弔うため首塚が建てられました。玉垣をめぐらせた首塚には大きな碑文のほか馬頭観音や六地蔵も祀られています。

 

 龍宝寺の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

龍宝寺の参道に古い庚申塚が祀られていました。庚申塚の傍には馬頭観音や道祖神塚もあります。

道祖神と庚申塚
庚申塚と馬頭観音

 

 覚園寺登山口の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

覚園寺近くにある天園コースへの入口に庚申塔があります。

庚申塚
庚申塔
青面金剛の庚申塔
お地蔵さんが刻まれた庚申塔

 

 鎌倉大仏の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

たくさんの人で賑わう鎌倉大仏の傍に庚申塚や石仏が並んでいました。

庚申塚と石仏
庚申塚と石仏
庚申塚

 

 西御門八雲神社の庚申塔 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

西御門八雲神社に庚申塔があります。鎌倉市の有形民俗文化財に指定された庚申塔です。

庚申塔
有形民俗文化財の標柱

 

 極楽寺坂の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

極楽寺坂脇の石段に庚申塚があります。石面には文化九壬申の文字が見えます。文化9年は西暦1812年、江戸時代も終わりに近づき外国船が通商を求め来航し始めた時期です。

庚申塚
庚申塚

 

 極楽寺坂の日限六地蔵 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

極楽寺坂に日限六地蔵があります。期日を決めて願い事を祈れば、その期日までに願いを叶えてくれるという言い伝えがあります。

日限六地蔵
日限六地蔵

 

 極楽寺坂の石仏 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

成就寺の墓地にたくさんの石仏がありました。お地蔵さんを中心として風化が進んだ石仏が祀られていました。

たくさんの石仏
30番弘法大師の石碑
たくさんの石仏
お地蔵さん

 

 御霊神社の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

御霊神社の境内にたくさんの庚申塚がありました。村の辻々にあった庚申塚を移して改祀したもので三猿が踊る珍しい庚申塔もあります。

庚申塚の案内板
庚申塔
庚申塔
庚申塔
庚申塔
庚申塔
三猿が踊る庚申塔
三猿が踊る庚申塔

 

 盛久の碑脇の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

盛久の碑の側に庚申塚や五輪塔などが祀られていました。

庚申塚と石面が崩れた石碑
庚申塔

 

 六地蔵 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

六地蔵の交差点に赤井涎掛けのお地蔵さんが祀られています。

赤井涎掛けのお地蔵さん
赤井涎掛けのお地蔵さん

 

 龍口明神社旧社・道祖神と庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

龍口明神社の石段に道祖神や庚申塚がありました。

庚申塚
道祖神

 

 寶戒寺の庚申塔 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

寶戒寺の境内に庚申塔と宝篋印塔が祀られています。庚申塚の一つは庚申地神供養塔と刻まれていました。

庚申塔
庚申塔
境内に宝篋印塔

 

 安養院の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

オオムラサキツツジの咲くお寺として知られる安養院には道祖神や庚申塚があります。

本堂の裏にたくさんの石仏
庚申塚
双体道祖神

 

 鎌倉・天園ハイキングコースの石仏 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

たくさんの人で賑わう天園ハイキングコースにも古い石像があります。十王岩には如意輪観音、血盆菩薩、閻魔大王が刻まれているようですが風化が進んで良く判りません。

十王岩に刻まれた閻魔大王
独鈷を持つ坐像は空海でしょうか

その近く岩場の上には独鈷を持った空海の石像、台座には八十八番本尊薬師如来讃岐大窪寺の文字が刻まれています。

 

 北鎌倉の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

明月院と今泉台の住宅地を結ぶ道路沿いに庚申塚がありました。青面金剛や馬頭観音と刻まれた庚申塚のほか六臂合掌青面金剛を刻んだ庚申塔もあります。

道端に庚申塚

宝永7年と刻まれているようです。宝永7年は1710年、宝永4年には東南海で大きな被害があった宝永地震、富士山の最後の噴火である宝永地震があった時期です。

 

 大船・高野台の供養塔 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

大船市街から外れた住宅地に高野台の供養塔があります。傍には五輪塔も祀られています。

高野台の供養塔

 

 大船・離山富士見地蔵尊 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

大船市街から外れた住宅地に離山富士見地蔵尊があります。鎌倉周辺で2番目に古いお地蔵さんと言います。

古いお地蔵さん
古いお地蔵さん
旧鎌倉街道の道標
石仏と五輪塔

ここは鎌倉街道の中ツ道が通っていたようで地蔵堂の脇には大きな石柱が建っていました。鎌倉の巨福呂坂あるいは亀ヶ谷坂を越えて戸塚へ、永谷、二俣川を経て府中で上ツ道に合流する道と言います。

 

 貝吹き地蔵 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

天園から瑞泉寺への道には貝吹地蔵や古い石窟などがあります。ここは鎌倉幕府が滅亡の歴史を今に伝えるところです。

鎌倉滅亡の歴史を語る貝吹地蔵
瑞泉寺近くに五輪塔

鎌倉幕府滅亡の時、東勝寺で切腹した北条時高の首を護りながら逃げる家臣を追ってきた新田軍をホラ貝を吹いて追い払ったと伝えられています。

 

 報国寺の五輪塔 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

報国寺は天岸慧広の開山により創建されたと伝えられ臨済宗建長寺派の古刹です。境内に孟宗竹の竹林があることから竹の寺とも呼ばれています。

五輪塔
たくさんの仏が刻まれた石仏

境内にはたくさんの五輪塔が祀られていました。

 

 鎌倉・巡礼古道の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

巡礼古道は板東三十三観音霊場一番札所の杉本寺と二番札所の岩本寺を結んだ巡礼道です。道沿いには自然石に庚申塚と刻んだ石碑を見付けることができます。

巡礼古道沿いにたくさんの庚申塚
金剛窟地蔵尊

巡礼古道には金剛窟地蔵尊が祀られていました。自然石をくりぬいた岩窟の中に祀られた古いお地蔵さんです。

 

 鎌倉・衣張山の五輪塔 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

衣張山は鎌倉の街を見下ろす展望が開けた頂です。桜の木の下に五輪塔がありました。

衣張山の五輪塔
浅間山のピークにも五輪塔
衣張山の五輪塔

 

 鎌倉・名越切通しの庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

鎌倉で七切通の一つ名越切通しへと登って行く道沿いに五輪塔やお地蔵さんに混じって六臂合掌青面金剛を刻んだ庚申塔があります。

六臂合掌青面金剛を刻んだ庚申塔

 

 鎌倉・八雲神社の庚申塚 mapon
山で出会った花たち
山で出会った花たち

鎌倉で最も古いと伝えられる厄除開運の神社。新羅三郎義光が京都の祇園八坂社の祭神を勧請したと伝えられています。

地蔵尊が刻まれた庚申塔

地蔵菩薩が刻まれた庚申塚の下には市指定有形民俗文化財の標柱が倒れていました。