玉宝山命徳寺 


 寺社の種類:天台宗の寺院
 創建の時期:-
 本尊:不動明王
 札所:関東百八地蔵霊場 第九十二番
 所在地:神奈川県秦野市河原町1ー5
 訪問日:2024年2月17日

 

本尊は鎌倉時代初期の不動明王です。境内には文和3年(1354年)6月の銘を持つ宝篋印塔があります。また茅葺の山門(医薬門)は室町時代職のものです。

境内は梅と河津桜が咲き始め
境内に鬼子母神堂
笠掛六地蔵
命徳寺の案内板
茅葺の薬医門
薬医門の案内板
本堂
本堂の扁額
宝篋印塔

境内には鬼子母神が祀られた鬼子母神堂があります。山門前には土地の人々から信仰の篤い笠掛六地蔵尊が祀られています。

 天台宗(てんだいしゅう)

法華経を根本経典とする大乗仏教の一派。575年隋の智顗(ちぎ)が天台山にこもって大成。日本へは奈良時代に唐僧鑑真(がんじん)が初めて伝え、平安初期に最澄が比叡山に延暦寺を建て開宗。のち山門派と寺門派、さらに真盛(しんぜい)派に分かれた。

 

 不動明王(ふどうみょうおう)

五大明王・八大明王の主尊。悪魔を下し仏道に導きがたいものを畏怖せしめ、煩悩を打ちくだくと言います。

忿怒の姿で火焔の中にあり、右手に剣、左手に索縄を持ち、心の内外の悪魔をはらうとされています。

 

 鬼子母神(きしもじん)・訶利帝母(かりていも)・歓喜母・愛子母

仏教を守護する善女神の一人。多くの子をもっていたが、常に他人の子を奪って食べるので仏が鬼子母の子を隠して子を食う罪をさとした。

 

 鑑真(がんじん)・過海大師・唐大和上(とうだいわじょう)

中国、唐代の高僧。日本律宗の開祖。揚州大明(たいめい)寺で戒律を講じ名声があった。742年日本僧栄叡(ようえい)らの請に応じて来日を志したが海賊や風波の災で5度挫折の後、754年渡来した。

 

 最澄(さいちょう)・伝教大師

平安初期の僧。767~822年。天台宗の開祖。比叡山に入り根本中堂を建立。延暦23年(804年)空海とともに入唐し翌年帰国した。

 

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