殿谷山福厳禅寺 


 寺社の種類:臨済宗の寺院
 創建の時期:貞和4年(1348年)
 本尊:-
 所在地:神奈川県三浦郡葉山町長柄914
 訪問日:2015年1月7日

 

葉山町にある臨済宗のお寺です。小さな川に面して建つ鐘門から境内に入るとひっそりとした本堂が建っています。鎌倉時代の御家人、長江太郎義景の菩提寺として室町時代に創建された古刹です。

福厳禅寺の鐘門
境内に庫裏
境内の奥に本堂
本堂

近くの殿ヶ谷に長江太郎義景の居館址がありました。長江氏は鎌倉氏の一族で義景は鎌倉権五郎景政の孫にあたります。

関連記録・コース

 臨済宗(りんざいしゅう)

禅宗の一派。鎌倉初期に入宋した明庵栄西(みようあんえいさい)が黄竜派の禅を伝えたのに始まる。鎌倉・室町時代に大いに興隆し、室町幕府は五山の制をつくって保護した。

 

 平景正(たいらのかげまさ)鎌倉権五郎景政(かまくらごんごろうかげまさ)

平安末期の武士。源義家に属して後三年の役に従軍、右眼を射られながら相手を討ち取った。大庭氏の祖。

 

 室町幕府(むろまちばくふ)

足利氏が京都に開いた幕府。1336年足利尊氏の建武式目制定をもって創始された武家政権。鎌倉幕府の制度・機構をほぼ継承して発足し、南北朝合体によって全国統一政権となった。しかし守護領国制の発展による地方分権化に対抗しえず、特に応仁の乱以降は、群雄割拠の戦国時代と化し1573年一五代義昭が織田信長に追放され滅亡。

 

 源義家(みなもとよしいえ)八幡太郎義家(はちまんたろうよしいえ)

平安時代後期の武将、八幡太郎義家として知られる。比叡山等の強訴の頻発に際しその鎮圧や白河天皇の行幸の護衛に活躍する。前九年の役で父を助けて安倍氏を討ち後に陸奥国守となった。清原氏の内紛に介入して後三年の役を起こした。東国における源氏勢力の基盤をつくった。

 

 後三年の役(ごさんねんのえき)

平安後期の1083年から1087年、奥羽の豪族清原氏が起こした戦乱。清原氏内部の相続争いが発端であったが、陸奥守として下向した源義家が清原清衡(藤原清衡)とともに、清原家衡・武衡を金沢柵(かねざわのさく)に下して平定した。これにより清衡は平泉における藤原三代の基をつくり、義家は東国に源氏の勢力基盤を築いた。

 

TAG:三浦アルプス・北尾根 2015.1.7
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